2019/04/04 NGT48 歌謡曲が好き

NGT事件で本当に見たかったもの



先日も紹介したNGT48の事件。新潟県内の反応はすばやく、NGTの冠をつけたテレビ、ラジオ番組は軒並み休止・終了を迎え、彼女たちが地元メディアで取り上げられるのは事件記事だけという惨状であります。

あくまで興味本位ですが、そのなかのラジオ番組を聞いてみたわけですが、別に神妙にしろとか、そういう気はないにせよ、あまりにも普通で、あまりにも「何もなかった」形で進み「また来週の水曜日に!」とのメンバーのあいさつの後に、静かに「今週の放送をもってこの番組は休止となります」というアナウンス。正直怖いですよ。番組内容のわちゃわちゃした感じとの対比が。

それだけ新潟の地元メディアが静かな怒りを感じていることが見え隠れするわけです。

私はNGTメンバーの関係性などは全く分からないですし、彼女たちが「仲良しグループ」ではないことなどはっきりしているわけですが、それでも、Twitterであったりといった自分たちが発信できることですら被害メンバーへの励まし一つ見えないというのが、残念だなと思うわけです。

もちろん今時個人がTwitter発信するリスクなどを考えると「何も言わない」「余計なことを言わない」というのが大事なのかもしれませんが、事件そのものが「なかったこと」として自らの活動を書いているのはやはり違和感があるわけです。せめて復帰を願ってることだけでも書けないものかと。(これは運営側の話でもある)

ファンにとって、グループアイドルが「見かけ」だけでも仲良く、楽しそうにしている姿や、トラブルがおきたときや体調を案じて助け合っている姿というのは、時に感動を覚えますし、グループである意味というのはそこにあるような気がします。普段仲が悪いというのは人間ですから仕方ないにせよ、グループの存続の危機になっていながらも、そういう言葉が見当たらないのもまた、怖いことでもあります。

事件の報告書には「新潟という活動拠点の特殊性」についての記述があり、事件の要因の一つが地域にあるように書かれ、それを記者会見で取り繕ったとはいえ、それを書いた第三者委員会の委員が参加していない以上、その真意は会見ではわからないわけで、他の事件についての考察がAKS側の報告書をなぞってるだけというところからもAKSは「新潟」をそのように思っていると、県民だけでなく全国の人が思ったわけです。

そんななか、メンバーからも新潟であることが特段重要であるというメッセージが私の見る限り見えないのは残念なのを通り越して、地域のアイドルにはあるまじき状態ともいえるわけです。そこに地域愛はあるのか?なにより地元のアイドルとして地域の人が応援できるのか?という根本的な部分を突き付けているわけです。

そもそも新潟を「ファンの絶対数が決して多くない」というならNGTのメンバーが総選挙で上位に入ること自体がおかしいことで、自ら不正選挙が行われていることを表に出してるのではないかとすら思うわけです。

残念なのは、当のAKSが会見以降だんまりで弁明すら行っていない。このままなし崩し的にNGTを終わらせようとしてるならそれでいいのかもしれないが、新潟の地域アイドルとしてやってきたNGTを最後ファンの前に立たせる必要はやはりあるように思うのです。別れができないというのは寂しいものです。

AKB商法が終焉に向かっているのは明らかで、各地域に「出店」して新しさを維持していくというモデルを自ら崩してしまったことは残念であるし、今まで地域メディア、中央メディアにかかわらず大きな金銭が動いていたころは「擁護」されていたのでしょうが、今のAKSはメディアにとって「おもちゃ」に等しい状況。もはや彼女たちをCM起用してもイメージが悪くなるだけという状況では、もう金は動かない。メディアも忖度しようがない。

すでに新潟県内ではCM起用はないはずで、NGTは劇場も閉めている以上収入は途絶えた状況。出演時間、本数で契約となってるであろうAKSの管理下にあるメンバーにも収入がない状態になりましょう。NGTはかくて詰んだ状態であります。

以前書きましたがNegiccoが活動を続けられたことは「仕事があったから」であって、細くても仕事が途絶えなかったから活動が続けられたとしています。仕事があるというのは大事なことです。今、新潟で彼女たちができる仕事は限られ、一部の大手事務所所属メンバーは東京キー局の仕事があるにせよ、それはグループの維持には直接結びつかないということが残念でなりません。

もう一度書きますが、メンバーが助け合う姿すら(少なくとも私には)見えなかったのがとても残念なのです。その姿があったならもう少しメンバーを擁護し、NGTは新潟に必要だと立ち上がる人もいたのではないかと思うのです。
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