金沢工業大学 ライブラリーセンター PMC(ポピュラー・ミュージック・コレクション)
https://kitnet.jp/pmc/index.html
しかし、レコードの寄付が増えると、その保存・公開の場所が必要になります。少し時を巻き戻しまして1991年、新冠町は収集したレコードを広く聴いて貰う博物館を柱とし、道の駅機能も含めた総合計画をまとめます。とはいえ、町民にレコードを保存する施設を作ると説明しても難しかったことでしょう。それがどう新冠に関係するのか、そして、それが本当に目玉になるのか?それよりも図書館が欲しいなどの声に翻弄しながらも根幹の事業としての「レコード」にブレがなかった。
結果、図書館やホールを併設するなど得られる補助金を最大限に活用し、総工費25億円をかけて完成したのが「レ・コード館」となります。
あくまで、町とレコードというのは特段の結びつきはありません。しかし、ここに、公的な施設だからこそとレコードを寄付するという面はありましょう。将来にわたって保存してくれる場所である。それが大事なことです。これはなかなか民間ではできないことでしょう。2017年ついに寄付されたレコードは目標としていた100万枚突破します。そして、目標はデータベースの充実化に移っていくのです。
1990年の構想開始から27年、レ・コード館開館から21年での目標達成、そして、今、データベースが充実していくのを何度か訪問するたびに感じて、当サイトのあまり更新できないデータベースにも刺激をいただいている次第であります。
レコード音楽と町づくりを語ろう-新冠
1991/10/30 北海道新聞
> 日高管内新冠町主催の「’91新冠・国際レコードフォーラム」が十一月九日午後一時から、町民センターで開かれるが、参加を呼びかけるポスターも出来上がった。入場無料。
町は本年度からレコード音楽による町づくり事業に着手。国土庁の過疎地域活性化推進モデル事業の指定を受け、レコード集めを行っている。二年以内に十万枚、最終的には百万枚を集めてレコード館を建設する考えだ。
数年後にはレコード館も-新冠
1991/11/09 北海道新聞
> 日高管内新冠町は「レコード音楽による町づくり推進室」を旧新冠主畜農協内に設置し、これまでに収集したレコードの分類、整理活動を始めた。
町による「レコード音楽による町づくり」構想は、町内のレコード愛好家でつくるグループ「一枚のレコード」が提案。CDに押されて国内での生産も打ち切られる運命にあるレコードを、二十世紀の文化遺産として収集しようという計画だ。
これまでに放送局、個人などから寄贈を受けたレコードは約一万五千枚。当面の目標は十万枚で、最終的には百万枚のレコードを集める。
事業の中核として数年後に「レコード館」を建設する計画だ。最初の大きなイベントとなる九日の国際レコードフォーラムで活動に弾みをつける構えだ。
レコードでまちおこし。新冠町、データベースを公開-曲名や演奏家、情報2万5千件。全国へ向けパソコン通信サービス
1993/05/28 北海道新聞夕刊
> 【新冠】「レ・コード&音楽による町づくり」を進めている日高管内新冠町が二十七日、これまでに収集・蓄積したレコード情報データベースのパソコン通信サービスを試験的に始めた。レコードのデータベース公開は全国でも珍しい。
> このデータベースが、八七年から同町が運営するパソコン通信サービス「ハンガンネット」に接続され、全国のパソコンから利用できるようになった。タイトルや曲名で検索すると、作曲者、指揮者、演奏者、オーケストラなどが表示される。
<さんでートピッピクス>来年度「レ・コード館」設計へ 新冠 音楽の町を具体化 来月27日にはフォーラム
1993/10/17 北海道新聞朝刊
> 【新冠】「レ・コード&音楽による町づくり」を進める新冠町の構想は、寄贈されたレコードが既に十三万枚を超え、来年度は拠点施設の「レ・コード館」設計に着手の意向だ。いよいよ、収集レコードを活用した事業を展開する段階に踏み込む。
同町は、CDの普及で影が薄くなったレコードを二十世紀の文化遺産として保存・継承して町おこしを-と、一九九○年から全国に呼び掛けてレコード収集を始めた。道内から広島、鹿児島まで全国から寄せらたレコードは約十三万枚で、今も毎日、数件の寄贈が続く。
> 同町がこの事業の拠点と位置付けるのが「レ・コード館」。約二十億円の規模で同町中央町の国道沿いに、百万枚分のレコード収蔵スペース、レコードの歴史や文化、技術などの書籍、資料を収集する図書館、ロウ管蓄音機から最新オーディオ機器までを展示する博物館、ホーン型スピーカーを設置したレコード鑑賞用ミニホールなどを備えた施設を構想。来年度に実施設計開始、その後二、三年以内の完成をめどに基本構想が練られている。
新冠「レ・コード館」 回想の35万枚ここに 感じて学ぶ音楽文化 試聴はすべて自由
1997/06/17 北海道新聞夕刊
> CD全盛の今でも、レコードのぬくもりある音を愛する人は多い。日高管内新冠町は今月八日、レコード音楽の魅力を伝える道内初の展示・体験施設「レ・コード館」をオープンさせた。約三十五万枚のレコードと、貴重な蓄音機などを集めた同館を訪ね、「二十世紀の偉大な音楽文化」(同館)に触れた。
> 同館の魅力はすべてのレコードが自由に聴けること。開架式の棚に並べられている約八千枚は、自分で取り出してプレーヤー(五台)にかけて試聴できる。このほかのレコードもすべてデータベースに収録されており、簡単な手続きだけで「貸し切り」のリスニングブース(五室)で思う存分、楽しむことができる。
さらに、国内最大級の「オールストレートホーンスピーカーシステム」を備えた「レ・コードホール」(約三十席)も。長さ三・四メートル、開口部の幅一・七メートルの低音ホーンなど、四つの音域のスピーカーから生み出される「究極のレコードサウンド」を体験できる。
> このほか展示部門の「ミュージアム」には、初期のロウ管レコードや蓄音機、レコード針などを集めた「世界のレコード発展史ゾーン」、明治時代の長唄、義太夫から昭和の流行歌までの変遷をたどる「日本のレコード文化史ゾーン」などがあり、レコードの歴史や時代背景を学ぶことができる。また、歌手名、年代などの手がかりから思い出のレコードを探せるパソコンもあり、魅力的な内容になっている。
<文化響かせ20年 新冠レ・コード館物語>上 試行錯誤 音楽文化 町の誇りに
2017/06/06 北海道新聞 苫小牧・日高面
> 5月中旬、125枚のレコードが新冠町のレ・コード館に届いた。発送元は東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市。少し色あせた赤いジャケットの真ん中で故坂本九さんがほほ笑む。シングル盤「幸せなら手をたたこう」が記念すべき1枚となった。開館から20年、構想からは30年近くがたち、目標の100万枚をようやく達成した。大津波を免れ、新冠にやってきた貴重な1枚だった。
「馬産業は世界に通用するレベルになった。次は世界に通用する人づくりだ」。1989年6月に初当選した新冠町の岡裕町長(故人)は1年後、町づくりの起爆剤を模索していた。
町民からアイデアを募った。岡町長の目に留まったのが、レコードを「20世紀の文化遺産として後世に」という町内の愛好家グループの案だった。音楽文化の主力がレコードからCDに移行しつつあった時期。この提案を人づくりに結びつけ、話は動きだす。
> だが、次の課題に直面した。収蔵施設の建設だ。新冠町は70年代前半に一世を風靡(ふうび)したハイセイコーの故郷として知名度を上げた。しかし、町内を通過する国道沿いには目立つ施設がなく、軽種馬関係者が通り過ぎてしまうことも。92年、「町のシンボルになるような施設を」と、収蔵施設建設の検討が始まった。
> 推進室の職員は各地の事例を検討した。そこで行き着いたのは、開館後も町民自ら活用法を検討し、実践する大切さ。町民一人一人が「舞台」で主役に、と500人規模のホール併設も決めた。総事業費25億円。町の一般会計予算の半分という巨費だった。
「99・5%が反対だった」(当時の推進室職員)という空気の中、町民理解を深めようと試聴ブースを設け、レコードコンサートも開いた。施設の模型と蓄音機を携えて町内を歩き、意義を力説した。蓄音機のぬくもりある音色に、苦労してレコードを買い集めた過去を思い出し、涙を流すお年寄りもいた。
レ・コード館は95年に着工し、97年の開館が決まった。目玉となる町民ホールのこけら落とし公演をどうするか―。「町民の芸術文化を育む、人づくりの拠点施設」にふさわしい妙案が浮上した。
<文化響かせ20年 新冠レ・コード館物語>下 人づくり 舞台に町民 観客魅了
2017/06/07 北海道新聞 苫小牧・日高面
> 「町民が作り、町民が舞台に立つ演劇をやろう」。1995年7月、新冠町レ・コード館が開館する2年前のことだ。館内ホールのこけら落としイベントを企画する職員の会議でアイデアが出た。著名人や地元ゆかりの出演者ではなく町民を主役に据える―。レ・コード館を人づくりの施設にするという決意だった。
> そして迎えた97年6月8日。公募した約350人が制作・出演し、新冠の歴史の流れを描いた音楽劇「飛翔にいかっぷ」は昼夜2回、満員の観客を魅了した。
関わった有志は98年、市民劇団「ど・こ~れ新冠」を結成。2016年1月には「私とお姉ちゃんと座敷わらしと」で念願の札幌公演も果たす。会場の「かでる2・7」を満員にした。
> 04年には「レ・コード館ジュニアジャズバンド」も発足した。町内のサークルが指導する週1回の練習に加え、月に数回、札幌のプロ演奏家も指導に訪れる。ここを巣立った坂本菜々さん(21)が名古屋拠点のC.U.G.ジャズオーケストラに加入し、15年にプロ奏者としてスタート。「ジャズバンドとレ・コード館は人としても奏者としても育ててもらった場所。これほど恵まれた環境は他にはない」と坂本さん。
開館と同時に、コンサートやイベントを主催する町民の「レ・コード館自主企画委員会」もできた。行政から独立し、有名歌手のコンサートから狂言、落語まで手がけ、昨年度は八つのイベントを実現させた。04年にNPO法人となり、名実ともに自立への道を歩む。町民ホールは昨年度、利用可能だった359日間で396件の利用があった。
> 当初目標のレコード収蔵枚数100万枚を突破した今、狙いは所蔵レコードの資料価値向上へと移った。データベース化が完了した所蔵品は半分足らず。町民の文化活動のための施設とはいえ、日本一の所蔵施設としてレコードという音楽遺産の整理は急務だ。
反対の声が多かった「レ・コード館」が今は町の顔としての役割、そして、文化発信の場所ともなったということが見て取れましょう。本当にここまでぶれずにやってきたなと、感銘を覚えるのです。
人類が滅んだ後も残り続けそう... 100万枚のレコードを集めた施設のロマンが凄い
https://j-town.net/2022/07/28336791.html?p=all#jt-comment
単純に、レコード聴いて、展望室でコーヒー飲んで、レコード聴いてって一日中いたい。そんな場所です。素敵な場所です。私のつたないレポートよりももっと楽しい記事は検索すればいっぱい出てくると思います。でも、現地で、現地で聞く、そして触れることが一番です。レ・コード館ではイベントもされていますし、レコードコンサートも随時開催されています。是非現地を訪問してみて欲しいなと思うのです。